一生に一度の祈り(林牧師の証し)

「そこで、わが子よ。キリスト・イエスにある恵みによって強くなりなさい。」(Ⅱテモテ2:1/新改訳第3版)


 このみことばは、茨木聖書教会で吉持章先生から洗礼を受けた日(1987/6/7)に購入した聖書に、先生に書いていただいたものです。その当時は意味もよく分かりませんでしたが、いま思うと自分をずっと導いてくれた聖書の言葉です。


 私は愛知県の田舎の熱心な仏教の家の長男として生まれました。子どもの頃から引っ込み思案で恥ずかしがり屋で、回りから「内弁慶」と言われていました。小学生の頃はイジメを受け辛い日々を送りますが、中学生の時に色々悩む中、自分自身で人生の目的を考えて、表面上は明るく元気に生きるようになりました。しかし、人間関係は希薄で高校大学と進む中でも人生を分かち合うような友だちはできませんでした。就職して仕事をしながら内側はますます虚無的になり感情を毛嫌いする人間になっていきました。自分では仕事のできる良い人間と思っていましたが、回りからはどう思われていたのか分かりません。


 そんな私が教会に行くようになったのは、妻に誘われたからです。妻は大学の同級生で、ある意味自分がアタックして射止めたのですが、結婚してからはほったらかしにしたため、妻は非常に寂しく悲しい思いをして、住んでいたアパートのすぐ近くの教会に助けを求めて行ったのです。妻自身も初めての出産を控え、心身ともに辛い状況にありました。必死で神を求める妻はやがてイエス・キリストを信じて救われ、熱心に私を礼拝に誘うようになりました。1985年の10月のことです。私は嫌々ながらもときどき教会に足を運びました。一緒に行かないと妻が悲しく不機嫌になり、礼拝に出ればものすごく喜ぶので、次第に通うようになりました。

 まったく聞く気のない自分でしたが、だんだん礼拝でのお話しが時々良いことを言っているように思えてきました。翌年の秋に特別伝道集会があり、誘われて嫌々でしたが出席しました。ところが、その夜のメッセージで、自分も救い主イエス・キリストを信じて輝いた人生を歩みたいと思ったのです。その年は教会の手違いで翌月もう一回特伝があり、その時には、一生に一度だけ祈れば良いという祈りを教えてもらいました。それは、「これまで神様を無視して自分中心に生きてきた私の罪を赦してください、イエス様の十字架を信じます」というものでしたが、正直、自分こそが罪人とはピンときませんでした。しかし、その数週間後、教会からの帰りに自宅アパートの階段を上っているとき不意に「あぁ、神様を無視してきた罪人ってオレのことだ!」とはっきり分かったのです。そして、階段の踊り場で一生に一度の悔い改めの祈りをしました。これが自分の救われたときだと思います。


 およそ半年後、冒頭に書いたように洗礼を受けました。当初の受洗予定日に礼拝を休んでしまったような私ですが、1ヶ月後に無事に洗礼を受けられ嬉しくて嬉しくて、仕事で大阪の街を歩きながら覚えたての聖歌を大きな声で賛美していたことを思い出します。

那覇めぐみ教会

沖縄県那覇市にある聖書的プロテスタント教会で、日本同盟キリスト教団に所属しています。ブログは随時更新していますので、記事一覧から最新情報が確認できます。

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